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大阪地方裁判所 昭和34年(ワ)4603号 判決 1965年11月30日

原告 滝口万太郎

被告 国

訴訟代理人 永沢信義 外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一、原告主張の売買予約(一方の予約)に関し、その事実関係を検討する。

まず、本件土地(但し、原告主張の面積であるかどうかの点は除く。)が元大阪陸軍造兵廠跡の一部で、近畿財務局の管理する国有財産であること、原告が昭和二六年三月同財務局に対し東和鉱業所大阪精錬工場建設用地として本件土地の払下申請(売払の申込)をしたこと、同財務局が同年九月一一日頃右工場建設用資材の本件土地内への搬入を許可したことは、いずれも当事者間に争いがない。

つぎに右当事者間に争いのない事実<証拠省略>弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(1)  原告は、魔法瓶製造を目的とする訴外ライオン魔法瓶工業株式会社に昭和二三年頃から関与してきたが、その後みずから右会社の事業を引き継ぎ、「ライオンマホービン工業社」の名称で魔法瓶製造業をしていた。原告は、昭和二五年八月二三日付で、その頃、近畿財務局長に対し、本件土地を含む元陸軍城東練兵場(後に大阪陸軍造兵廠となる。)跡の土地ならびに地上施設の全部または一部を、魔法瓶製造工場建設の、目的を掲げ、払下げを受けるべく、申請人ライオンマホービン工場社社長滝口万太郎名義の払下申請書(乙第一号証)を提出し、右物件の払下申請(売払の申込)をした。

(2)  その後、原告は、魔法瓶製造工場建設の目的によつて広大なる前記土地等物件を独りで払下を受け難いため、昭和二六年三月一五日、同日付で近畿財務局長に対し、払下申請物件を本件土地及び同地上の旧大阪陸軍造兵廠第一及び第三鍛鍜工場建物の各北半分等の物件に縮少し、これを原告が東和鉱業所の名称により個人で経営するフエローマンガン及び特殊鋼製造業のため製錬工場を建設する目的によつて、払下を受けるべく、申請人東和鉱業所鉱主滝口万太郎名義の払下申請書(乙第二号証)を提出し、右本件土地等物件の払下申請(売払の申込)をした。

(3)  当時、本件土地については、訴外大阪車輌株式会社(旧商号城東振興株式会社)が、その隣接地とともに払下申請をしていたため、原告は、同年四月初頃、右訴外会社代表取締役村上勇と折衝した結果、両者間で本件土地及び地上物件は原告のみが払下の申請をすることに取り決めたうえ、近畿財務局において同財務局長鹿嶋準太郎と面談した。その際、同財務局長は、原告の右物件払下申請手続を進行せしめるべく、大阪府下の国有財産中、一般的に売払の予定された普通財産の管理等当該事務を担当する同財務局管財部第二課不動産第一係の係長脇坂武夫らをして、まず、原告に対して、会計法(旧)二九条但書、予算決算及び会計令(旧)九六条以下に規定する随意契約により普通財産の売払を受ける場合に、通常提出されている払下申請書(売払中込書)の添附書類等について、一般的な指示をさせた。

(4)  そこで、原告は、右指示により、事業計画書、同月六日付天王寺税務署長の証明書、同月七日付大阪通商産業局長の証明書等をととのえ、同月九日付で、同日頃、近畿財務局長に本件土地等の払下申請に伴う書類(甲第一号証の一から六まで)を一括して提出し、追完した。

(5)  他方、原告は、この頃、元大蔵次官当時参議院議員訴外野田卯一から、同人の大蔵省在勤当時の部下であつた近畿財務局長鹿嶋準太郎に、原告に対する本件土地等の売払が実現するよう陳情して貰つたが、同財務局長は右野田に対し検討中である旨返答していた。

(6)  本件土地及び地上物件の売払価格については、前記昭和二六年三月一五日付払下申請書(乙第二号証)中において、原告は、「貴局の御指定に従ひ妥当なる方法と条件にて御願申します」と記載していたものであるが、前記同年四月初頃の原告と近畿財務局長鹿嶋準太郎との面談の際、右売払価格の点については何ら触れられることはなく、その後も、普通財産の売払に関し随意契約締結の前提として予算決算及び会計令(旧)九九条の二が規定する予定価格の決定もなかつた。

ところが、同年六月一一日頃、原告は、書面(甲第九号証)で同財務局長に対し、当時、同財務局側から隣地についてその売払申込者に対し是正すべき事情がなければ予定価格ないし売払価格とされるであろう価格として示されていた価格に準じたと称する本件土地坪当り五六〇円、地上建物坪当り一万三、二〇〇円、鉄骨コンクリート造工作物坪当り三万円等、およそ合計三、五〇〇万円以上につき、互譲を求める旨申し出て、陳情した。しかし、同財務局は、これに対して応答せず、予定価格の決定に着手さえしなかつた。

(7)  同年六月二〇日頃、原告は近畿財務局に無断で、旧第一鍛工場建物内に加入者東和鉱業所大阪精錬工場名義で電話を設置したが、同財務局係官は、やむなく事後承認した。なお、右電話は電話機盗難のおそれ等のため昭和二七年五月頃てつ去され、以後管轄電話局において保管している。

(8)  本件土地内において大阪市水道局から水道の送水を受けることは、短時日に実現不可能であることが見込まれていたところ、昭和二六年六月八日、原告は、あらかじめ、本件土地とともに払下申請手続中の元大阪陸軍造兵廠が設置した水道施設により将来送水を受けることにそなえ、書面(甲第七号証)により近畿財務局長に対し、大阪市水道局に提出するため、右送水を受けることにつき異議がない旨の証明書の交付を求めた。これに対し、前記同財務局管財部第二課の係官は、同月一四日付で、その頃、右申請の書面の副本一通(甲第二号証)の末尾に、同財務局長名義で、「東和鉱業所に売払予定の地区内に所在する水道施設は土地建物と同時に同所に売払う予定であるものであることを証明する」と記載して、これを原告に交付し、更にその頃、右同趣旨の証明文を記載した同日付財務局長名義の証明書一通(甲第三号証中附箋を除く部分)を交付したほか、同月二一日付で、同日頃、右証明申請の正本一通(甲第七号証)の末尾に同財務局長名義で「右については異存のないことを証明する」と記載して、これを原告に交付した。同月二二日頃、原告は、右同月二一日付証明書(甲第七号証)を添附し、大阪市水道局に対し、前記旧陸軍大阪造兵廠設置水道施設について、「不敢取保護する」(甲第八号証中、第四項の記載)との事由を掲げ送水方申請をし、同水道局において調査もしたが、原告における工事費負担等の点からそのまま放置され、送水をみるに至らなかつた。

(9)  次いで、原告は、同年八月三一日付で近畿財務局長に対し、本件土地に砂、バラス等建設資材を搬入することの承認を求めたが(甲第四号証)、その頃、同財務局に無断で右搬入をしたので、即時同財務局が本件土地に配置していた看守者より同財務局に報告があつた。そこで、同財務局係官はその善後措置として、同年九月一一日、同財務局長名義の書面(甲第五号証の二中、附箋を除く部分)により、右搬入を許可した。しかし、右許可書は、特に、「左記事項を貴殿が承知の上はこれを許可する。」と記載したものであつて、右事項として、「一、………あらかじめ当局杉山分室に搬入日時出入人員運搬台数搬入物件とうを連絡し承認の上搬入すること。(中略)一、本作業は、飽くまで払下予定地区の売買契約成立を前提とするもので何時いかなる場合でも国に対し何らの主張もしないこと。一、右条項承諾の上は請書を提出のこと。」と記載されていた。

近畿財務局は、以上のほかには、原告に対し、本件土地への立入、その一時的使用、地上における工作等の一切について許可を与えた事実はない。

(10)  その後昭和二六、七年中に、原告の前記払下申請に関与していた近畿財務局長鹿嶋準太郎、同管財部長松田光治は退職し、同部第二課不動産第一係長脇坂武夫は配置換となり、他方、昭和二八年中の水害により原告経営の京都府相楽郡所在の鉱山施設及び附近道路が被害を受けた事情等もあり、一時、原告の払下申請に関連して見るべき事はなかつたが、原告は、昭和二九年八月二八日頃、大蔵大臣に、本件土地等は原告が既に「払下げ決定を受け」(甲第一〇号証の記載)たと称して、本件土地等の処置について善処されたい旨を陳情するとともに、近畿財務局長に本件土地等は既に「当所(原告)への予定を以て、御決定を受けて居る」(甲第一一号証の記載)と称して引渡方を陳情した。右陳情以来、昭和三四年にかけて、原告は、歴代大蔵大臣、歴代近畿財務局長等に対し、売払価格を決定すること、売払の実行をすること、本件土地における操業準備行為を許可すること等を求める陳情書を提出し続け、側面より、前記野田卯一に当時の近畿財務局長佐藤一郎に陳情して貰い、また、衆議院議員佐藤栄作の秘書訴外大津正に歴代大蔵省財務局長に陳情して貰つていたが、いずれも原告に本件土地等を売り払う旨の確約は得られなかつた。

(11)  この頃になつて、近畿財務局においては、係官が原告のいうとおり前記鉱山に採石の置場所がない事情にあるのか現地について操業していないことを確認する等の調査を行う一方、昭和三一年一〇月一二日頃、同年九月二五日付で原告が申し出た本件土地内への物件搬入を承認できない旨を回答し、同年一二月二四日頃、同年一一月一五日付の原告の陳情書に対し、原告に対する本件土地等の売払契約締結の交渉を進めることに応じ難く、電話取付その他管理等についての原告の中出は許可できない旨を回答し、昭和三二年二月一五日頃、昭和三一年一二月二八日付の原告の陳情書に対し、売払契約が成立していないこと及び本件土地上の原告の権利に属する物件のてつ去搬出をされたい旨を回答し、昭和三三年四月二五日頃、同月一四日付の原告の陳情書に対し、原告の希望に添い難いこと及び本件土地は同月九日第五回国有財産近畿地方審議会で大阪市土木局に使用させる旨の決定があつた旨を回答する等してきた。

(12)  ところが、原告は、前記のように陳情書の提出を続けるうち、昭和三四年八月九日頃、同日付書面(甲第三五号証)を近畿財務局長に提出するにあたり、同財務局長名義で原告に交付された、前記昭和二六年六月一四日付の水道施設に関する証明書(甲第三号証中、附箋を除く部分)、前記同年九月一一日付の建設資材搬入許可書(甲第五号証の二中、附箋を除く部分)の存在することを論拠として、はじめて、本件土地について売買予約が成立しているとの見解を開陳し、その履行を請求するに至り、やがて本件訴訟に及んだものである。

以上のとおり認められる。原告本人尋問の結果中、これに反する部分は信用しない。

二、一般に、国有財産中、普通財産の売払に関し、売払の随意契約を本契約とする予約の締結(売買予約の締結)は、政府契約に関し国の財政上の利益を守り、契約の安定・確実性の確保を目的とする会計法(昭和二二年法律三五号)予算決算及び会計令(同年勅令一六五号)の関係規定の認容しないところである。(もつとも、右法令に違反して売買の予約が締結されたとしても、原則としてその効力に影響はないところである)。国有財産中、普通財産の随意契約による売払の方法として買主一方のみが売買完結の意思表示をし、売主に対してその承諾をなすべきことを請求しないで、直ちに売払契約を成立させるような民法五五六条の売買一方の予約は、主として買主の便宣と必要からなされるものであり、普通財産売払の方法としては通常の事態において想像することができない筋合のものであつて、そのなされたことを首肯できる特殊な事情が存在しなければならない。本件について、このような特殊の事情が存在した事実は、本件の全証拠によつても、これを認めることができないのである。

原告は、「売払予定の決定」が存在したと主張する。しかし、国有財産中、普通財産の随意契約による売払に関し、会計法令或いは私法規定において、このような名称の行政行為或いは私法上の法律行為は存在しない。原告のいう「売払予定の決定」とは、これを売払(売買)の予約と解するのは格別、いかなる行為を指称するのか、その主張立証を検討しても全く不明であつて、主張じたい失当である。

原告は売払の予約存在の根拠として、水道施設に関する証明(甲第二号証、甲第三号証中附箋を除く部分、甲第七号証)の存在を挙げるが、これらの証明において、本件土地内の水道施設は本件土地等と同時に売り払う予定であるとし、或は右施設により送水を受けることに異存はないとする趣旨は、本件土地等について原告と売払契約が締結されるときは同時に売り払う見込であることを証明し、或は目下払下申請中で末だ売払契約の締結はないけれども右水道施設を利用することは異存がないとする趣旨のものに過ぎないことは、前記認定のこれらの証明の申請書の記載内容、証明の文言、その前後の経緯等から明らかであつて、原告主張の売買予約の成立を認めるに足りる証拠とすることはできない。

つぎに、原告は建設資材搬入許可の書面(甲第五号証の二中附箋を除く部分)の存在を挙げるが、前記認定のとおり、同書面は、特別に、未だ売払予約の成立していないことを明記し、これを原告が承知するときは許可するとするものであつて、同書面の記載内容じたい、同書面が原告の右資材無断搬入敢行に対する善後措置であることに照らし、かえつて原告主張の予約の存在しなかつたことをうかがう証拠とすることはできても、到底同主張を認める証拠とすることはできない。

また、本件土地内の加入電話設置の承認の事実も、右資材搬入許可の場合と同じく、原告の一方的積極的な事実行為に対し、近畿財務局の係官が消極的に専ら善後策として承認したものに過ぎず、原告主張の予約の成立していたことの間接事実となるものではない。近畿財務局長鹿嶋準太郎が担当係官をして原告に払下申請書類につき一般的指示をさせた事実、原告申出の事実の存否調査のため同財務局係官が原告経営の鉱山を視察した事実についても同様である。

以上要するに、上叙本件の事実関係によれば、原告は昭和二六年三月一五日近畿財務局長に対し本件土地等の払下申請書を提出して、随意契約による売払契約の締結の申込をし、近畿財務局において右申請の当否を検討し、原告において陳情等交渉を重ねてきたところ、随意契約による売払締結の前提である予定価格の決定(予算決算及び会計令((旧))九九条の二)もみない段階において、昭和三三年四月二五日頃被告が原告の右払下申請(売払契約の申込)を拒絶する意思表示をしたものであると認められ、原告主張の予約の存在しなかつたことは疑いのないところである。

三、よつて、その余の判断をするまでもなく、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、民事訴訟法八九条九四条後段を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山内敏彦 平田孝 石井一正)

物件目録<省略>

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